ドボ博 学芸員の部屋 008

幻の上越・北陸新幹線新宿起点構想について

撮影:大村拓也

現在、新幹線はすべて東京駅を起点としていますが、上越・北陸新幹線については、新宿駅から発着させる構想がありました。数多くの路線が乗り入れ、極めて複雑な地下構造をもつ新宿駅(ドボ博座談会パート10でも話題にしています)に、どうやって新幹線の新駅を建設しようとしたのか。
ドボ博の小野田滋・鉄道担当理事が、詳しく解説します。(学芸員S.T記)


 

東北新幹線の建設にあたって、起点駅を東京駅とすることは、計画当初の1971(昭和46)年に決定され、東海道新幹線に併設して東北新幹線ホームを設けることとしていました。これに対して上越新幹線と北陸新幹線の起点駅をどこに設けるかは、東京駅起点案と新宿駅起点案(東京駅起点案に対して「B新幹線ルート」と呼ばれた)に別れていました。
目的地の異なる東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線の列車を1駅だけで処理するためには、限られている東京駅のスペースにプラットホームを増設する必要がありました。このため、上越新幹線と北陸新幹線のための第2ターミナルとして新宿駅を起点駅とすることが検討され、当時、新宿駅の改良工事を担当していた国鉄東京第三工事局によって、より詳細な検討が進められました。

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この検討は、新幹線ターミナルを単独のプロジェクトとして扱ったものではなく、総合ターミナルとしての新宿駅の将来構想を立案する中で検討されたものでした。当時の新宿駅周辺は、淀橋浄水場の再開発(新宿副都心として超高層ビルが林立する)が進められ、鉄道でも京王線と小田急線の地下線化、都営地下鉄新宿線の接続などが計画されて、その中心となるべき国鉄新宿駅もこれらのプロジェクトを前提とした、新たな交通の結節点として生まれ変わることが計画されました。
新宿駅は、日本最大の乗降客数を数えるマンモス駅として急速に発展しつつありましたが、中央本線しか幹線鉄道が接続していなかった新宿駅にとって、新幹線の乗り入れは上信越・北陸方面の玄関口としての機能が加わることとなり、東京駅、上野駅に次ぐ長距離列車のターミナルとして発展することが期待されました。

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成案は、1976(昭和51)年頃にまとめられ、同年12月に国鉄本社旧館で開催された国鉄の第27回停車場技術講演会(国鉄建設局主催)で報告されました。記録によれば、新宿駅の南側の貨物ヤード(代々木~新宿間にある回送電車の留置線あたり)の地下3階に新幹線用として3面6線の島式プラットホームを設ける計画で、このほかにも「開発線」と呼ばれた在来線の新路線(「縦十字(東北東海道開発線)」と「横十字(中央総武開発線)」の2路線を新宿駅の地下で交差させる計画)と地下で連絡することが構想されました。

新宿駅構造図(当時資料をもとに現在の地図上のトレースしたものをドボ博にて作成)

池袋方面から地下線で侵入してきた上越・北陸新幹線は、既設の営団地下鉄丸ノ内線の下をくぐり、当時は施工中であった都営地下鉄新宿線の上を通過することを想定していました。新宿駅構内を地下で東西方向に横断する都営新宿線の工事は東京都から国鉄に委託され、1974(昭和49)年~1978(昭和53)年にかけて国鉄東京第三工事局が工事を監理しました。当時の工事記録では、「国鉄横断部については、上越新幹線の新宿乗り入れ等の将来構想を考慮に入れて千分の32の急こう配で下り、……」とありますので、上越新幹線のスペースを考慮して、そのさらに下を急勾配でくぐるようにして都営新宿線を建設したことが理解できます。
この発表会の記録は、国立国会図書館にも所蔵されていて一般にも公開されており、図面によって具体的構想を知ることができるので、ご覧になりたい方はぜひ原本で確認していただければと思います。この計画は、工事費が巨額となることから現実的ではないと判断されて打切られ、のちに日暮里駅案、田端駅案、上野地上駅案、品川駅案なども検討されましたが、最終的に中央本線重層化工事を実施して新たなスペースを捻出し、東京駅へ乗入れることとなりました。

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今回引用した資料にも「東北東海道開発線」という在来線の新線構想が登場しますが、当時の国鉄東京第三工事局では、山手貨物線の活用構想についても検討を進めており、こうした未完のアイデアがやがて湘南新宿ラインの誕生へと繋がったことが想像されます。
鉄道に限らず、土木事業の計画は、いくつもの案を比較検討しながら最適な案に絞り、さらに詳細な設計を重ねながら最終案を決定し、ようやく実現に至ることになります。その過程で“ボツ”となった案も数知れませんが、戦前に挫折した弾丸列車計画が、戦後の新幹線として復活した例もあるので、「もしこの案が実現していれば……」と想像を膨らませることも土木の興味のひとつです。

 


■関連ドボ博コンテンツ

ドボ博座談会パート10

東京の地下の複雑さについては、ドボ博座談会パート10で話題になっています。また、座談会でも登場する昭和女子大・田村圭介先生の研究室によって,複雑な状況を模型で表現した展示が昨年行われました.(下記写真) まるで迷路のように地下や地上空間がつながっている様子は東京の中心地ならではですね。

新宿駅立体模型(2016年11月 新宿駅西口地下にて展示が行われた際に撮影)

ドボ博座談会パート11

インフラの計画から実現までの長さ、あるいは東京駅への新幹線乗り入れについては、ドボ博座談会パート11で取り上げています。こちらもぜひご覧ください。

東京インフラ071 新宿

東京インフラ解剖では新宿の展示を行っています。東京地下鉄(現:東京メトロ)提供の地下通路についてのパースや、1968年の航空写真をみると、本コラムでの検討時期の新宿の様子がよくわかります。ぜひ御覧ください。

東京インフラ071 新宿

 

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