“大きな可能性”を見つける旅へ

DOBOHAKU Opening Exhibition "Tokyo Infrastructure Anatomy"

tokyo_test18世紀のイギリスに、ランスロット・ブラウンという男がいた。職業は造園家。ただ造園といってもスケールは壮大で、何百万坪という広大な土地を相手にすることもまれではなかった。彼はそこに運河を掘り、川をせき止め池をつくり、風景がダイナミックに変化する長大な園路を築きあげた。そのスケールと技法は、まさに土木的である。

彼は生涯で、200を超える庭づくりに携わったといわれる。共通するのは、へたな小細工をするよりも、土地のポテンシャルに見合ったスケールと技法で大地を造形すること。そんな彼の口癖が、「この場所には、実に大きな可能性(”Great Capabilities”)がある」というセリフだった。この楽天的で、前向きな決まり文句があまりに有名だったため、彼はついに本名よりも、ケイパビリティ・ブラウンCapability Brownのニックネームで、歴史に名を残すことになる。

ケイパビリティ・ブラウンが生まれる100年以上前、イギリスから遠く離れた日本で、”Great Capabilities”に満ちた大地の改変に挑んだ武将がいた。徳川家康である。彼は、全国の大名を江戸に結集し、未知の可能性に満ちあふれたこの広大な土地で、大土木事業を展開した。

 

「江戸の地は、すべて人の手で造成された。造成のための諸人の労苦は凄惨なほどで、ひとびとは鍬でもって高所をくずし、低所には堀を掘り、土を掻きあげて湿地をうずめて地面らしくした。造成には、三代将軍家光以後までかかった。江戸・東京の土一升には、おびただしい人間の汗や脂がしみこんでいる。」(司馬遼太郎)

人の手で台地をくずし、海を埋立て、湿地を干拓する。そして尾根筋、洲、崖地、湧水など、土地の豊かなポテンシャルを見極めながら、濠、道、水道、湊、街区などのインフラが、次々と形作られていく。まるで、大地に<外科手術>を施すかのように。

その後東京は、開国から大震災を経て、復興、敗戦、高度経済成長、バブル景気・崩壊と、めまぐるしい時代の変化にさらされた。その間人々は、次の時代を夢見て、休む間もなくインフラを更新・重層していった。もはや江戸時代のように、一つの勢力が統制をきかせて、工事を仕切る時代ではない。多様な主体が、時代時代の技術力を駆使して、大小さまざまなスケールで自在に構造物を築いていく。震災後や戦後といった、都市の生命力が著しく衰弱した危機的な状況下でも、都市に新しい<血>を流し続けるために、大胆な<手術>を施す。こうして生まれたのが、今の巨大都市・東京である。

「際限もなくひろがるこの都会は、ジャングルなのである。」(ロラン・バルト)

今では、すっかり構造物と地形との関連は見えにくくなってしまった。さらにわたしたちの眼の前に見える世界は、聖と俗、昼と夜、秩序とにぎわいなど、複数の顔でカムフラージュされている。たしかにこれは、理性と感性を触発する、一種の「ジャングル」なのかもしれない。

「東京インフラ解剖」展には、この「ジャングル」のような巨大な有機体を理解し、楽しむための仕掛けが、いくつも仕込まれている。まず、複雑に発展した東京のインフラを、<骨格系>、<消化器系>、<循環器系>などの器官系で切り分ける。都市機能を支えるインフラには、生命を維持する人体組織との類似点が数多く見出されるからである。ただ、単に機能を説明するだけでは、「ジャングル」の面白みが伝わらない。そこで、独自のアングルで撮影した映像作品、インフラの構造を浮き彫りにする図面や写真、土地の記憶を呼び覚す作家の言葉を織り込んだ文章などによって、インフラの見方を多角的に提示している。さらに、空撮写真の奥にひそむ地形の姿を浮かび上がらせる、東京のレントゲン写真もいくつか準備している。こうやって、東京という巨大で複雑な有機体にメスを入れ、<解剖>していく。

あとは、あなたがケイパビリティ・ブラウンになったつもりで、実際にまちに出て、目の前に広がる風景にじっと目を凝らしてみるだけである。そうすれば、”Great Capabilities”(大きな可能性)に満ちあふれた新たな東京の姿が、きっとあなたの未知の想像力をかきたててくれることだろう。(北河)

*今年2016年は、ケイパビリティ・ブラウン生誕300年、家康没後400年である。

 

引用
ロランバルト(宗左近訳):表徴の帝国、ちくま学芸文庫、1996.
司馬遼太郎:街道をゆく36本所深川散歩・神田界隈、朝日文芸文庫、1995.

図版提供:アジア航測株式会社 DEM:NASA SRTM1を使用


東京インフラ物件の選定にあたり重視した観点

1. 人体組織と関連付けて説明することのできる、東京の主要インフラ又は地形であること。
2. 土木学会の賞を受賞していること。
3. 土木学会附属土木図書館デジタルアーカーブに画像資料があること。

 


協力機関

首都高 東京都建設局 東京都下水道局 中島水産 カネカ 東京メトロ アジア航測 東急電鉄 荒川下流河川事務所 渋谷


制作チーム

内田慶造(企画調整)
大村拓也(撮影)
大山宗哉(ウェブデザイン、撮影)
小野田滋(執筆)
北河大次郎(全体総括、執筆)
高柳誠也(座談会編集)
土井祥子(執筆)
二井昭佳(執筆)
渡邉岳生(映像制作、撮影)

制作協力・座談会

紅林章央
坂井繭美
杉浦貴美子
田村圭介
千葉達朗
八馬智
皆川典久
矢花真一
ヤックル株式会社

 

ドボ博映像制作チーム

Aya Baba (映像撮影)
Edih (映像撮影)
Kohei Endo (映像撮影)
Masayuki Kaneko (映像撮影)
shibadogworks (ドライバー)
深澤俊樹 (RawLight) (映像撮影)
Wataru Tonosaki (映像撮影)
WhiteSand (映像編集)
Wks Wakasa(楽曲制作)
Y-park(URBAN SOUL RELAX LLC)(映像編集・撮影)
Yusuke Ishikawa(スチール撮影・映像撮影)

 

 


参考文献

BROWN, Jane: The omnipotent magician, Lancelot ‘Capability’ Brown, 1716-1783, London, Chatto & Windus, 2011.
HOSKINS, W.G.: The Making of the English Landscape, London, Penguin Books, 1955.
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陣内秀信:東京の空間人類学、ちくま学芸文庫、1992.
陣内秀信+法政大学陣内研究室編:水の都市 江戸・東京、講談社、2013.
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藤森照信:明治の東京計画、岩波現代文庫、2004.
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山中俊治ほか:東京湾をつなぐ、太平社、1998.

新建築2015年6月別冊、2015.
東京人no.314、都市出版、2012.

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