ドボ博 学芸員の部屋 010

“山田守”と“ドボク”〜後編:“水道”編

[注意]

このレポートは、建築担当かつ“歩きテクト”のドボ博学芸員K.U.が建築・街歩き目線で土木を語る、“個人的視点”に基づくものである。

前編の“橋”編に引き続き、今回は“水道”編をお送りします!!

 

■特撮の聖地“東京都水道局長沢浄水場”    (2017.5.9撮影)

竣工 1957年(昭和32年)
設計 山田守
施工 間組
構造 RC3階 地下2階
※2007年に改修工事が行われ、当初のデザインに近いものに復元された。

 

山田守の水道建築と言えば、この“東京都水道局長沢浄水場”だろう。
特撮テレビ時代で育った私にとっては、ウルトラマン、仮面ライダー、ゴレンジャーなどの撮影で使われた聖地ともいえる建物を、この機会に一度見てみたいと思っていた。
本来バスで行くような場所だが、あえて気合を入れて生田駅から歩いて行ってみた。
歩いていくと、かなり丘を上がった高い位置にこの浄水場があることが実感できる。
東京都水道局のホームページを見ると、2015年を最後に施設見学は行われていないようだが、果たして中を見ることはできるのだろうか。恐る恐る守衛の人に尋ねてみる。

 

私   :「この建物は見学することはできますか?」
守衛さん:「以前は見学会があったけど、ここ数年はやってないですよ。」
私   :「・・・・。今後は見学会をやる予定はあるんでしょうか?」
守衛さん:「見学会をやるという話は無いですね。今後やるかもわからないです。」
私   :「そうですか。ところで写真は撮ってはダメですか。」
守衛さん:「施設内で撮ることは禁止です。ですが、施設外で撮るぶんには問いません。」
私   :「わかりました。そうしたら敷地外から写真を撮らせてもらいます。」

というわけで、敷地外からブラブラと建物を眺めることとする。

手前に守衛所、奥に長沢浄水場の本館が聳える。右側にはガラスの通路(操作廊)に沿って急速濾過池が並んでいる。左奥に、後に増築されたマイクロストレーナー室がある。

手前に見える守衛室はこじんまりとしているが、とてもカワイイ。後から建設されたものだが、建物のデザイン・エッセンスが詰まっている。

まず目に入るのは“マシュルーム・コラム”と呼ばれる柱だろう。屋根スラブの薄さと水平性も印象的だ。屋根の勾配は見えないが、本館と同様マシュルーム・コラムのいずれかから雨水を排水しているんだろうな、と想像。

さらに右側に目を向けると

宙に浮いたガラスの通路が延々と続いているではないか!!

その機能を知らないと、ただただガラスの通路が浮いているだけのように見える。

そのガラスの廊下に寄ってみる。通路の手前のコンクリート部分に濾過池があり、通路から監視できる。それにしても床スラブ、屋根スラブの薄さが際立って見え、ガラスの透明感がすばらしい。ガラスを通じて通路内部にもマシュルーム・コラムが並んでいるのが見える。

本館はマシュルーム・コラムが露出している部分(右側)とガラスのカーテンウォール(左側)が組み合わされた立面になっている。ガラス部を見ると、通路同様インターナショナル・スタイルを彷彿とさせる。建設当時の写真を見ると、現在より軽快なガラス・カーテンウォールであったことがわかる。
マシュルーム・コラムも、よく見ると上の方へいくほど華奢な感じになっているのがわかる。
 “湧き上がる浄水”と山田自身も表現しているが、私には漏斗で水を集めていって下方の池に溜まっているようにも見える。
 “無梁床版構造”なので、梁がなくマシュルーム・コラムで床版を支える構造となっている。
 “山田版ドミノ・システム”と呼ばれる所以だ。床版も薄く見えるように処理されているため、薄い板がコラムの間に挟まれているように見える。

正門から敷地東側のバス通りの方へ移動。
本館の向こう側に川崎市の浄水場が見える。戦後の東京都上南部の水不足の中、川崎市から水源の分譲を受けて東京都のこの浄水場ができたことを考えると、兄弟のような施設だ。

施設東側のバス通り側からはガラスの通路の端部を見ることができる。

フェンスの隙間からグググーッと覗き込む。マシュルーム・コラムはオリジナル?!型枠の跡、割付が見える。
今回は通路内部を見ることはできなかったが、写真で見るとマシュルーム・コラムがいくつも連続する形式は大変美しい。ぜひ一度内部を見てみたいものだ。

やはり隅は“隅丸”デザイン。

ところで、この建物の肝でもある“マシュルーム・コラム”の描き方については、東京都長沢浄水場所蔵の図面を元に大宮司勝弘氏らが『山田守設計による長沢浄水場のデザインに関する研究』において分析をしているので紹介しよう。

本館1階部分のマシュルーム・コラムと、その間の開口(建物内部の開口が大きな方。小さな開口は外壁に現れる窓にあたる)の線を太線で、その他の基準線を細線で描いたもの。描き方の手順に興味のある方は大宮司勝弘氏らの研究を参照していただきたい。階によって柱の高さ、太さが変わるが、上端部の直径が決まっているため、上部のラッパ状に膨らむ部分の形状がだいたい同じようなものとなる。
柱身部分は斜めになっており、下にいくと細くなっているのがわかる。
 複数の線により構成しているが、それを直線(黒線)と曲線(色付き)に色分けしてみた。曲線は全て放物線で、一番内側の窓上部の部分も半円ではなく放物線を2つ組合せたものである。マシュルーム・コラムの放物線を元に、相似的な曲線を繰り返そうという意図が感じられる。
マシュルーム・コラムは独立した要素であるが、この図面を見ていると対になって1つのアーチを構成しているようにも見えてくる。ゲシュタルト心理学でいう図と地の逆転現象による錯覚か!?

さて、ここでも実際の写真に重ねてみた。改修の際に窓上部が半円になっているため、線が合ってない部分もあるが、図面のラインが重なることが確認できる。

外から見るだけでも見どころの多い美しい建築であった。

ぜひ、また施設見学が再開されることを望む!!

 

 

■間一髪!?“和田堀増圧ポンプ所”   (2017.5.9撮影)

竣工 1958年(昭和33年)
設計 山田守
施工 増岡組
構造 RC2階

 長沢浄水場を見終わるとすでに夕方だったが、ガンバって“和田堀増圧ポンプ所”まで足を伸ばす。
ここ近年は桜の季節に施設開放をしていたが、今年は改修工事の関係で開放をしていない。現場は果たしてどうなっているのか!?行ってみるまでドキドキだ。

日暮れ前にギリギリ現場に到着!

敷地内部の多くの部分は仮囲いで囲まれていたが

増圧ポンプ所はまだ建っていた!!

山田守の水道建築によく見られる、波型の屋根形状の端部と張り出した横長水平窓がデザインの特徴だ。長沢浄水場のマイクロストレーナー室でも同様のデザインを見ることができる。
波型の曲線を端部近くで折り返しているのは、折り返した谷部分で樋を作り、屋根端部に樋を見せないためのデザインであろう。

“水平連続窓”。ル・コルビュジエの“近代建築の五原則”の1つの要素だ。
雨水を排水する縦樋が、水平連続窓の中を貫通して柱に沿って下に伸びているのも確認できる。

京王線代田橋駅寄りの低層部分に見られる張り出した水平連続窓。やはり窓の端部は“隅丸”処理。こちらでは屋根の雨水縦樋が中を通らず窓の外を迂回している。なぜだろう?

和田堀給水所の表玄関側から見た増圧ポンプ所。こちらの妻面は開口部が多い。

工事は今年の4月から始まったばかりだが、平成34年3月いっぱいまで続くようだ。

 

 

■代々木の森にヒッソリと佇む“代々木増圧ポンプ所”  (2017.5.14撮影)

竣工 1960年(昭和35年)
設計 山田守
構造 RC2階 地下1階

 

東京都水道局の施設の最後は、渋谷にある“代々木増圧ポンプ所”だ。
住所を見ると、この近くは何度も歩いているはずなのだが、あまり印象にない。とりあえず行ってみることにしよう。

丹下健三の名作“代々木体育館”側から近づいていくと

“確かにある!しかも、森の中にヒッソリと!!”

岸体育館の奥に隠れるように見えるではないか!!低層で樹木が周りに繁っているので、ごく一部分しか見えない。

とりあえず入口側まで行けばもっとよく見えるのでは??

さっきよりかは見えるが、やはり木が邪魔でよく見えない。

向かいの北谷稲荷神社側からも見たが、やはり見えない。
全体のデザインとしては和田堀の建物と同様、波型の屋根と連続した張り出し部分があるのがわかる。

山手線側に回ってみたが、並木でほとんど見えない。
張り出しの水平連続窓が妻面まで回っているのがかろうじて確認できる。

岸体育館側に回ってみると、入口とは反対側の面が見えた。
結局グルリと一周してみたわけだが、どこからも建物全体を見渡すことはできなかった。
まさしく、小さな代々木の森に佇む建物であった。

 

 

■“尾久ポンプ所”  (2017.5.16撮影)

設計 山田守
構造 RC1階

 

最後に、唯一の東京都下水道局のポンプ所“尾久ポンプ所”へ向かった。
都電荒川線熊野前駅から徒歩数分で着き、隅田川のすぐ近くにある。

この一画が尾久ポンプ所。山田守設計の建物は左奥の建物だ。さらに奥へ行くと隅田川に出る。
さらに東側へ回ってみる。

この建物は、水道局の増圧ポンプ所と屋根の形状も全体の雰囲気もどこか違うぞ!?

屋上があるので、このようなデザインになったのであろうか。手摺の形状も含め、東京文化会館のように、その立上りの高さが目に入る。しかし、その下に水平連続窓が張り出しているところは同じ構成だ。

建物の裏側に回ってみる。
全体的にいろんなものが壁面から飛び出ている印象。屋外階段、煙突だけでなく、屋上には塔屋も見える。張り出しの水平連続窓が屋根下だけではなく、もう1層下にもある点も他とは違う。縦樋が水平連続窓の外側にあるのも異なる点。
詳しい資料が手元にないので想像となるが、水道局と下水道局でのポンプ所に求められる機能の違いなどもこの外観に反映されているのだろう、と勝手に思うのであった。

さらに建物を回り込む。
ベースとなるボリュームは箱形だが、屋上パラペット・手摺の立上りはやはり“隅丸”、そして張出し窓もやはり“隅丸”。このあたりは山田守らしさが表れている。そして立上り部分は少し斜めになっているのもわかる。

入口部分の階段〜庇のデザインも好きな納まりだ。
山田守の水道建築の中では、やはり最初にして最大の長沢浄水場は見るべきものが多かった。リズム感のある美しい曲線に彩られた建物であった。一方ポンプ所の施設は全体としては大きなボリュームを持つ箱型の機能的な建築であるが、細部に山田守らしさを確認することができた。

 

ちょっとした思いつきから始まった建築行脚であったが、実り多い体験であった。
山田守の土木・建築に興味を持った方、近くにお住まいの方は、ぜひ実地に足を運んでほしい。

 


■リンク
・都心部に残る山田守の建築マップ
https://www.google.co.jp/maps/@35.6654924,139.5676291,11.3z/data=!4m2!6m1!1s17jeWKpjrj14lfFBU0Oq-__9FSTs?hl=ja

■参考文献
・『山田守建築作品集』山田守建築作品集刊行会,東海大学出版会,1967年
・『建築家山田守作品集』建築家山田守展実行委員会,東海大学出版会,2006年
・『山田守設計による長沢浄水場のデザインに関する研究』大宮司勝弘,岩田竜夫,岩田利枝 日本建築学会計画系論文集 第73巻 第634号,PP.2973-2800,2008年

 

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