東京インフラ048 岩淵水門

パナマ運河の幻影


隅田川と荒川放水路の分岐点につくられた水門。増水時に水を放水路に分派し、隅田川の氾濫を未然に防ぐ。<骨>の結節点につくられた、<関節>のようなものである。

荒川放水路工事を担当した青山士(あきら)が手がけた水門は、1982年に建設された新水門にその機能を譲ったものの、その後も東京の治水を物語るモニュメントとして保存された。そのため、ここでは川の前後に新旧の水門が建ち並んでいる。

「コンクリートの橋脚の間にハマった赤塗りの鉄板の外景が印象的な初代水門、現在放水作業に機能しているのは少し下流に造られた通称・青水門の方ですが、向こう岸の草深い洲島から眺めた赤水門の景色は味わい深い。」(泉麻人)

旧水門は、戸袋から引き出される雨戸のように、門扉を横にスライドさせる形式でつくられ、赤枠の改造部分を除けば、全体として高さを抑えた安定感のある形にまとめられている。この水門のすばらしいところは、このたちの低い安定感のある造形を実現するために、鉄筋コンクリート造の筒状の基礎が大胆に使われているところにある。実は、水面にさらされる河川構造物に、コンクリートをむき出しで使うのは、当時としては先端的な試みだった。

この技術的選択に対し、当時の内務技師の間にも反対意見はあったが、青山にしてみれば、パナマ運河での経験をいかしただけのことだった。青山が担当したガトゥン閘門では、コンクリートがふんだんに使われていたのである。こう考えれば、今は静かにたたずむ荒川のモニュメントにも、パナマの幻影が重なって見える。(北河)
 

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引用
泉麻人:大東京23区散歩、講談社、2014.

種別 水門
所在地 東京都北区
構造形式 鉄筋コンクリート造 
規模 延長103m(旧) 延長157m(新)
竣工年 1924年(旧) 1982年(新)
管理者 国(国土交通省)
設計者 国(内務省)(旧) 国(建設省)(新)
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