東京インフラ038 東京上野間市街線

循環する<大動脈>の完成


東京と上野を結ぶ高架鉄道は、神田駅以南の工事が先行し、一部は、東京万世橋間市街線として1919年に完成していた。神田駅もこの際に開業したが、完成したのは中央本線の高架橋のみであった。東京から神田、秋葉原、御徒町を経て上野に接続する高架鉄道は、1915年に第一期工事に着手して関東大震災後の1925年に第二期工事が完成した。1919年に完成した東京万世橋間市街高架線に続いて鉄筋コンクリート構造(一部鉄骨コンクリート構造)を採用したが、柱と梁・床で構成される鉄筋コンクリートラーメン高架橋を基本とした点に特徴があった。

耐震性や耐久性に優れ、内部空間を倉庫や事務所として使用できる鉄筋コンクリートラーメン高架橋は、その後、鉄道高架橋の基本的スタイルとして普及した。東京上野間市街高架線の高架下は、のちにアメ横の商店街となり、多くの人々でにぎわっている。一部の高架橋では、さらに内部空間を有効に利用できるよう、地下室も設けられたが、この空間は現在も店舗のバックヤードなどに利用されている。

1885年、日本鉄道によって品川~赤羽間の南北接続路線として建設された山手線は、1925年の東京上野間市街高架線の完成によって環状運転が開始され、東京の鉄道ネットワークを循環させるための<大動脈>がここに完成した。(小野田)

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種別 鉄道高架橋
所在地 東京都千代田区・台東区
構造形式 鉄骨・鉄筋コンクリートラーメン橋 鋼製桁橋
規模 延長3.6km
竣工年 1925年
管理者 JR東日本
設計者 国(鉄道省)

建設概要
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