四国インフラ061 三津浜港・三津の渡し

暮らしを支える海の上の生活道


本州や九州、周辺の島々と四国を結ぶ<大動脈>が今も昔も愛媛を支えている。かつては、その<大動脈>から人や物が三津浜港に入り、伊予の国の各所へと行き渡り、またこの港から送り出して都市の文化や経済の発展を促してきたのである。

三津浜港(松山市)は、鎌倉時代には伊予水軍の拠点として、江戸時代には参勤交代などのための船奉行が置かれ、明治時代には汽船の発着場として機能し、松山ゆかりの文学人として知られる夏目漱石や正岡子規もこの三津を訪れている。子規は、この三津について

「舟つなぐ三津のみなとの夕されば 苫の上近く飛ぶ千鳥かも」(子規)

という句を残している。また、松山から上京する際、この三津浜から詠んだ別離の句として

「十一人一人になりて秋の暮」(子規)

はよく知られた句である。

この三津で、室町時代から利用され続けている「三津の渡し」。この渡しは、松山市道高浜2号線に位置づけられた海の道で、今も生活の足として三津地域の人々の暮らしを支えている。「渡し跡」は全国に見られるが、手漕ぎ舟から動力船に変わったとはいえ、現役で生活の道として利用され続けられている渡しは貴重な存在である。今では、三津を旅する観光客も利用し、新たな風も地域に送り込んでいる。(片岡)

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種別 市道高浜2号線(三津の渡し)
距離 約80m(三津の渡し)
所在地 愛媛県松山市港山町

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