東京インフラ050 村山・山口貯水池

太古の地形の記憶


東京には、湖が2つある。多摩湖と奥多摩湖である。県境を跨いで多摩湖に隣接する狭山湖を加えて、3つと言ってよいかもしれない。これらに共通するのは、いずれも東京都民の水がめとしてつくられた人造湖であるということ。多摩湖と狭山湖の水道施設としての正式名は、順に村山貯水池、山口貯水池。いずれも竣工当時、土構造物として我が国で最高の高さを誇った巨大な土の塊である。

「(狭山丘陵は)元来古代多摩川の三角州である。そのころ関東山地の東縁まで入り込んでいた古東京湾の海成層の上に、青梅から流れ出た古代多摩川が、五日市附近で露呈しているところから五日市砂礫層と呼ばれる黄褐色の砂礫を沈殿させた。その後幾度かの隆起と沈降を重ねた後、この地塊は、その全体がやはり多摩川の三角州である武蔵野台地の上に聳えるに到ったが、丘陵は東方の海に向かって開析され、懐ろに二つの谷を発達させている。だから明治末期この谷を閉塞して、青梅から導いた多摩川の水を貯えようとした東京の水道技師は、期せずして古代多摩川の流路を再現したことになる。」(大岡昇平)

太古の地形の記憶を浮かび上がらせるインフラ。武蔵野台地をつくりだした<骨格>古多摩川が、東京の循環機能を支える<血管>として再び蘇る。空から見ると、地形の細かいひだが浮かび上がり、まるで生き物のようである。

「丘の頂上からのみ成る低い岸の縁を映して、水深80尺の静かな水が緑に拡がっていた。小ぢんまりした異様な円屋根を持った取水塔が水中に突き出ていた。」(大岡昇平)

今では、水源涵養林を含めた広大な湖の緑地が、周囲の市街地に包囲され、貴重な自然環境として保全されている。緑青をふいたドーム付の煉瓦の取水塔も、まるで公園施設のように水面に浮かびながら、来る人を出迎えている。(北河)

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引用
大岡昇平:武蔵野夫人、新潮文庫、1953.

種別上水道貯水池
所在地東京都東大和市(村山) 埼玉県所沢市(山口)
構造形式土構造 重力式
規模堤長318m堤高24m(村山) 堤長587m堤高30m(山口)
竣工年1924年(村山上) 1927年(村山下) 1934年(山口)
管理者東京都
設計者東京市
備考土木学会選奨土木遺産
選奨土木遺産

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