東京インフラ073 外苑橋・千登世橋・馬込インターチェンジ

らせんの三兄弟


ジャンクション、インターチェンジという言葉がまだ一般に使われる前から、東京には、その萌芽ともいえるらせん状の立体交差がいくつか存在していた。まだ自動車の数が少なく、交通渋滞に悩まされる前の話である。場所は、外苑橋、千登世橋、松原橋の3か所で、一番古い外苑橋は今年で竣工から88年なので、もう米寿を迎えることになる。

外苑橋は、明治神宮内苑と外苑を結ぶ裏参道が、外苑西通りと交わる地点につくられた。神宮外苑は、最初期の本格的アスファルト舗装が行われるなど、当時の技術の粋を集めて道路の設計施工が行われており、この先駆的な立体交差も、その流れを汲むものと考えられる。なお、神宮外苑の斜向かいにある新宿御苑を水源とする渋谷川も、外苑西通りとほぼ平行してこのあたりで裏参道と交差している。

千登世橋は、明治通りと目白通りの交差点につくられた橋である。外苑橋と異なり、立体交差する2本の道路はいずれも幹線である。脇の千登世小橋の下には、都電荒川線もくぐっている。

「崖づたいに走る都電が、千登世橋の隧道をくぐりぬけるポイントは子供の頃から大好きな場所でした。」(泉麻人)

ここでいう隧道は、千登世小橋のことと思われるが、都電のゆっくりしたスピードで、2本の<血管>がつくりだす立体的な構成を眺めるのは、今でも子供心をくすぐる空間体験である。ちなみにこの橋のたもとには、放射状と環状からなる東京の道路計画の策定に尽力した技術者の記念碑が、ひっそりと立っている。

そして、最後は松原橋。馬込インターチェンジとも呼ばれる。第2京浜国道と環状7号線の交差点につくられた不完全クローバー形の立体交差である。

「馬込は、武蔵野台地の南東の端の、崖地に谷の入り組んだ複雑な地形の場所で、かつて”馬込九十九(つづら)谷”と呼ばれていたらしい。谷間に泉が湧き出る場所が豊富にあって、そういった水場が馬の放牧に向いていたことから、「馬込」というような地名がつけられたという。」(泉麻人)

馬込の起伏に富む地形に挿入された道路の昇降装置。東京・横浜を結ぶ<バイパス血管>として、戦後の高規格道路を先取りする仕様でつくられた第2京浜国道の大きな見せ場である。(北河)

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引用
泉麻人:大東京バス案内、講談社文庫、2001.
泉麻人:大東京23区散歩、講談社、2014.

種別道路橋
所在地東京都渋谷区(外苑橋) 豊島区(千登世橋) 大田区(松原橋)
構造形式鋼製ラーメン橋(外苑橋) 鋼製アーチ橋(千登世橋) 鉄筋コンクリート造桁橋(松原橋)
規模橋長26.1m(外苑橋) 橋長29.9m(千登世橋) 橋長33.6m(松原橋)
竣工年1928年(外苑橋) 1932年(千登世橋) 1940年(松原橋)
千登世橋建設概要千登世橋竣工写真千登世橋脇記念碑

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