東京インフラ078 品川

鉄道と道路の立体交差が生みだした東京のゲート


都心を出発した東海道の道路と線路の2本の太い<血管>が、最初に交差する場所。それが品川である。

1872年に初めて鉄道が通ったときから、この2本のインフラは、立体的に交差してつくられた。街道の一部をなす跨線橋・八ツ山橋の下に、今まで見たこともない鉄の塊が交差して通り抜ける姿はいかにも近代的で、文明開化の時代には、錦絵にもよく描かれた。

その後、鉄道路線の増加に伴い、八ツ山橋は、1914年に8つの路線を跨ぐ、鋼製の大アーチ橋に架け替えられた(この規模は今も変わっていない)。文明開化の時代と同様、橋は鉄道に対して直角ではなく、斜めに架かる斜橋で、ア

ーチ形式としては、アーチの水平反力を地面ではなく、桁自体が受けるタイドアーチが採用された。

もともと橋は、別世界への入口を象徴するゲートのような存在だが、八ツ山橋は、その立地からいっても、またひねりを入れて迎え入れるようなその形態からいっても、まさに東京入口のゲートであった。さらに、古い絵はがきを見ると、橋の下をくぐる鉄道にとっても、都心へのゲートのような存在だったことが見てとれる。

江戸を代表する宿場町から、街道と鉄道の近代的な結節点へと発展し、その後も羽田空港へのアクセス、リニア新幹線のターミナル機能など、品川は<循環器系>としての機能を充実させ続けている。そして、日本国内だけでなく世界にも通じる<循環器系>の要としての機能が、近年では、上場企業の本社機能も引き寄せている。今後は、霞ヶ関、新宿、大手町・丸の内などに続く、新たな日本の<左脳>としての役割を担っていくことになる。(北河)

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種別道路橋(旧八ツ山橋)
所在地東京都品川区(旧八ツ山橋)
構造形式鋼製 タイドアーチ橋(旧八ツ山橋)
規模橋長42m(旧八ツ山橋)
竣工年1914年(旧八ツ山橋)
備考現存せず

八ツ山橋梁建設概要

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