東京インフラ067 田園調布

郊外住宅地の「夢」を追いかけて


「都市生活の欠陥を幾分でも補う」「田園趣味の豊かな街」という渋沢栄一の理念を実現した、東京を代表する郊外住宅地。駅を中心として、西側には放射状・同心円状の街路によって区画された高台の敷地に邸宅が並び、東側では短冊状の街路に商店街や住宅が立地する。

「碁盤の目のような町はわかりいいけれども、味もそっけもない気がするんです。先の先まで見通せるでしょう。だから町なみに夢もないんです。カーブしている道は、どんな家に出会うか、どんな樹がみられるか、行ってみなくちゃ判らない。」(渋沢秀雄)

渋沢栄一の四男で、田園調布の開発を主導した秀雄は、西洋視察の成果にもとづき、ここに「夢」と機能を兼ね備えた住宅地を作り上げた。そして、都市形状もさることながら、上下水道、電気、公園をはじめ、小学校と幼稚園の用地確保、電話局、病院の誘致、購買組合施設、さらにはカトリック教会の誘致まで行い、人々の文化的生活を支える様々なインフラを整備していった。

この田園調布の開発に先行して行われたのが、洗足の分譲地開発であった。

「洗足の町の開発は大正の震災前、渋沢栄一が田園調布より先行して分譲を開始した、その後の東急沿線住宅街の原点となった地区であります。放射エトワール状の区画に邸宅がきちんと配置された田園調布と比べて、まだ試行途上の地味な町並がなんだかいい。」(泉麻人)

農地の区画の名残りをどことなく残す洗足と対比すると、完結性の高い古典的秩序が挿入された田園調布の「放射エトワール状」の派手さが、より際立ってみえる。(北河)
 

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引用
越沢明:『東京の都市計画』、岩波新書、1991.
泉麻人:大東京23区散歩、講談社、2014.

種別 住宅地
所在地 東京都大田区
竣工年 1923年分譲開始
設計者 田園都市株式会社

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