東京インフラ004 東京駅

東京の<心臓>


「又電車が著く。吐き出す人は雪崩をうって又改札口に押し寄せる。併し流石に東京駅である。改札口の人の渦は直ちに消え去ってしまう。後から後から来る人は、よく掃除された樋の水のように流れて行く。」(高浜虚子)

高架と地下を含め計28線のプラットホームに、1日約4,100本の電車が行き来するJR最大級の駅舎。東京・日本を駆け抜ける鉄道の<大動脈>がここに集結し、駅を降りれば行幸通り、外堀通りなどの、別の太い<血管>が接続している。地下では、地下鉄丸ノ内線が接続し、多くの通勤・通学・観光客などが地上と行き来している。ここは、まさに東京の<心臓>である。

東京駅の最初の設計図は、ドイツ人技師バルツァーによって作成された。エンジニアでありながら日本建築に造詣が深かったこのお雇い外国人は、東京駅を和風建築にまとめあげた。日本のエリートが強力に西洋化を推し進めた時代にあって、

「日本古来の文化を荒廃と忘却から救いだ(そう)」(バルツァー)

とした、彼の一つのメッセージであった。しかし、日露戦争に勝利し、文明開化の力を確信した日本の首都の<心臓>は、文明開化の象徴・煉瓦をあしらった巨大建築として完成した。

巨大といっても、その特徴は、とにかく横に長いことにある。西洋の終着駅は、線路が駅舎に対して直角に突き当たる頭端式が多く、そもそも横長の駅舎は珍しい。一方、東京駅は駅舎に平行してプラットホームが並ぶ通過式で、まるで皇居から鉄道を覆い隠すかのように、プラットホームの長さだけ煉瓦駅舎が横に伸びている。

「東京駅は僕の愛する駅だ。僕は、あの赤いレンガが好きだ。丸之内にある、どんな大きなビルヂングより、東京駅になつかしみを感じているのは、あの建物の色だ。」(サトウハチロー)

太平洋戦争の爆撃で3階部分を焼失し、長らく仮復旧の状態が続いていたが、建設後1世紀を経た2014年に、当初の3階建の姿に復原された。鉄道院初代総裁・後藤新平の意向を受けて、2階案から変更して実現した3階建の雄姿に。この間、国と都市の成長に合わせて、より大きな<心臓>に作り直す構想もあったが、赤煉瓦に抱く人々の愛着を受け止めるかのように、最終的にはこの煉瓦の駅舎が残された。

バルツァーのメッセージを思い起こしながらも、赤煉瓦のもつ不思議な魅力にひかれてしまう。今も昔も変わらない「よく掃除された樋の水のよう」な人の流れを眺めつつ、そんな近代日本人のサガを思い知る。(北河)
 

この物件へいく

引用
講談社文芸文庫編:大東京繁昌記山手篇、講談社文芸文庫、2013.
島秀雄編:東京駅誕生、鹿島出版会、1990.
サトウハチロー:僕の東京地図、ネット武蔵野、2005.

種別
所在地 東京都千代田区
構造形式 鉄骨煉瓦造 3階建(JR)
規模 面積182000㎡(JR)
竣工年 1914年(JR) 1954年(東京メトロ)
管理者 JR東日本(地下鉄駅については東京メトロ)
設計者 辰野葛西建築事務所(地下鉄駅については帝都高速度交通営団)
備考 重要文化財(JR丸ノ内駅舎)
欧米各国中央停車場復原工事文化遺産オンライン

Leave a Comment

Back To Top