東京インフラ031 秋葉原

高架下からはじまる<右脳>の世界


南北と東西の2本の高架鉄道が交差する町。もともと、地元の反対を押し切って、地表を走っていた南北の鉄道(現在の京浜東北線)が、鉄道国有化後の1925年に高架化され、その上を乗り越えるように総武線がつくられた(1932年)。こうして、高架が空中でクロスする、都心では珍しい風景が生まれた。

秋葉原の発展は、高架なくしてありえなかった。まず総武線の高い高架橋は、戦後、3階建の商業空間(アキハバラデパート)をもつ民衆駅として整備された。民衆駅とは、戦後の財政難の中、復興拠点の一つとして、国鉄が民間資金を活用して整備した、駅に隣接する商業空間である。今ならPFIの一言で片付けられそうだが、民間活力を導入した公共整備の発想は、少なくとも明治、江戸時代にまで遡ることのできる、日本の伝統に根ざしたものである。

GHQの指導で電気露天商が高架下にまとめられたことも、戦後・秋葉原の大きな特徴である。こうして、その後、世界的に有名になる電気のまち秋葉原が誕生した。貧しい時代を乗り切ろうとした庶民のパワーが、高架鉄道が生んだ豊かな空間を活用して、うまく花開いたといえる。

「マッチングトランス、ホーロー抵抗、ラグ端子、チップ金属皮膜、接地プラグ変換・・・品札の字を見ても、ますますよくわからない。秋葉原は、安い日本製品をゲットしにきた外国人観光客が目に付く街ですが、電気オタク以外の日本人は、ここに入りこめば「外国人」の気分を味わうことができます。「ブレードランナー」の舞台のような、ひと頃の近未来映画の雰囲気を堪能できる格好の場所、といってもいいでしょう。」(泉麻人)

オタク心を満たしてくれる電気街の特性は、サブカル拠点としてのアキバにも受け継がれている。新宿、渋谷との関連でいえば、交通結節点としての<循環器系>の機能が、特定の人の流れを引き寄せ、渋谷とは毛色の違う混沌に花咲く<右脳>の世界が、展開されているとでもいえようか。混沌の力が生み出す都市の魅力が、都が建設を主導した巨大ビルの生み出す秩序によって、今後どう変容するのか。インフラ解剖の視点からも興味深いところである。(北河)

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引用
泉麻人:新・東京23区物語、新潮文庫、2001.

種別
所在地東京都千代田区
構造形式鉄筋コンクリート造 3階建
規模面積3787㎡
竣工年1932年改築
管理者JR東日本
設計者国(鉄道省)

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