東京インフラ003 丸の内仲通り

文化と賑わいを纏う、日本を代表するビジネス街


辺り一面、草ぼうぼうの原野。今では全く想像できないが、かつて三菱ヶ原と呼ばれた頃の丸の内の姿である。
丸の内は、日本最初の近代都市計画である市区改正計画で、官庁街にするか、商業地にするかの議論の末、渋沢栄一の強い意見により、兜町につぐ第二の経済地区とすることが決定された。そして1890年、岩崎弥之助率いる三菱は、単独で10万坪を超える土地の払い下げを受ける。土地代金は当時の金額で128万円、国家予算がわずか8500万円の時代である。まさに社運を賭けた決断だった。開発の指揮を任されたのは、三菱の大番頭、荘田平五郎。建築設計を担当したのはイギリス人建築家コンドルと弟子の曽祢達蔵である。1894年の三菱一号館を皮切りに、1910年までに13棟が立ち並び、馬場先通り付近に一丁倫敦と呼ばれる日本初のオフィス街が誕生した。
その一翼を担った仲通りは、当時はまだ現在の半分程度の道幅で、道路を挟んで左右対称の形をした煉瓦造りの事務所が並ぶ道であった。その後、建て替えとともに道幅も広くなり、三菱村とも呼ばれる純然たるビジネス街として成長する。しかし1996年以降、その状況が変わり始める。千代田区と地元地権者によるまちづくり協議会による「まちづくりガイドライン」が制定され、低層部に商業を配置した、歩行者中心の街づくりをおこなうことで、文化と賑わいを纏ったビジネス街へと変貌を遂げた。
なお本整備は、2013年度に土木学会デザイン賞最優秀賞を受賞している。(二井)

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種別街路
所在地東京都千代田区

備考

2013年度土木学会デザイン賞最優秀賞

 

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